観光客の笑顔と県民の笑顔《観光危機管理ラボ 株式会社サンダーバード・翁長由佳》

観光客の笑顔と県民の笑顔《観光危機管理ラボ 株式会社サンダーバード・翁長由佳》

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歴史文化

放送日:2026.02.23 ~2026.02.27

初回投稿日:2026.03.05
 最終更新日:2026.03.05

最終更新日:2026.03.05

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観光リゾート地沖縄で「観光危機管理」を広める

日本でも有数の観光地である沖縄には、1年を通して世界中から観光客が訪れます。特に近年は外国人観光客も増え、まちなかで英語や中国語、韓国語などの会話を耳にすることも珍しくなくなりました。

そうした中、重要性が高まっているのが「観光危機管理」です。

「観光危機」とは、自然災害や感染症、大規模事故や事件などによって、観光地を訪れた観光客、そして観光関連産業が甚大な被害を被ることをいいます。それらの被害をできるだけ最小限に食い止めるため、普段から万が一の危機に備え、観光客や観光産業、そこで働く人たちの安全を守るための指針や体制を整えておく取り組みが「観光危機管理」です。

もちろん国や自治体では、それぞれに防災計画などを定めていますが、それらは主に住民向けのものであり、観光客への対応は十分とはいえません。「観光客の多い沖縄で、観光危機管理は非常に重要」と訴え、観光危機管理のノウハウを広める活動を行っているのが、「観光危機管理ラボ 株式会社サンダーバード」の代表、翁長由佳さんです。

サンダーバード代表の翁長由佳さん
サンダーバード代表の翁長由佳さん。社名の「サンダーバード」は、北米先住民の伝承に登場する鳥の名前。村を飢饉から救ったという言い伝えもあり、そのイメージにちなんで名付けました

きっかけは東日本大震災

翁長さんが「観光危機管理」という概念を初めて知ったのは、東日本大震災が起きた2011年。震災後、当時の知事が「離島県であり観光客も多い沖縄で、あのような大地震や津波が起きたらどうなるのか」と疑問を呈したことをきっかけに、沖縄県では全国に先駆けて、観光危機管理への取り組みが始まりました。

当時、翁長さんは沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)の職員で、宜野湾市にある沖縄コンベンションセンターの施設管理を担当していました。取り組みでは「イベントで3万人が集まっているコンベンションエリアに、もし津波が押し寄せてきたら」と仮定し、避難誘導のあり方について検討。スタッフと一緒に施設の屋根裏まで調べ上げ、「逃げ遅れた人がいた場合、ここには何名まで避難させられる」などと考えていく作業には、「やったことのないことに取り組む面白さがありました」と振り返ります。

OCVB勤務時代の翁長さん
OCVB勤務時代の翁長さん(後列左から二番目)。コンベンション施設の管理業務を通じて、観光危機管理と出合いました

 

そしてその翌年、実際に抜き打ちで一般来場者向けに避難訓練を実施したところ、130人ほどの参加者のうち、時間内に安全な場所まで避難できた人は10人にも至りませんでした。「避難場所はすぐ近くにあるのに、一般の方を避難させるのがこんなに難しいなんて」。想定外の結果に衝撃を受けた翁長さんは、「どうしたら危機時に多くの人に命を守ることができるのか」と考え、ますます観光危機管理の勉強にのめり込んでいきました。

フロリダの専門家から観光危機管理を学ぶ

その翌年、翁長さんは、沖縄県の観光危機管理事業の一環で開かれた「観光危機管理指導者養成講座」で、フロリダから招かれた専門家の下、観光危機管理についての学びを深めました。講師は二人とも女性だったことから、翁長さんの中に漠然とあった「防災は男性の世界」というイメージが覆り、「女性も活躍できる仕事だ」と感じたといいます。

しかし、講座を受講して資格を取得し、より本格的に観光危機管理に取り組もうと張り切っていた矢先、翁長さんに観光危機管理計画に直接関係のない部署への異動辞令が出ました。3年後に、再び観光危機管理に携わる部署に戻れたものの、「部長」という立場上、観光危機管理は管理する業務のうちのひとつとなり、そこに集中的に関わることは叶いませんでした。

「観光危機管理の現場で仕事をしたい」という思いを諦められなかった翁長さんは、2019年の春、意を決して退職。以前、養成講座で観光危機管理の楽しさを教えてくれた講師を頼ってフロリダへ飛び、先進地における観光危機管理の在り方を実地で学ぶことにしました。そこで特に感動したのが、「一人ひとりの観光客の危機事案に寄り添う取り組み」だったといいます。


フロリダでは観光危機管理の専門家から、たくさんの学びを得ました

フロリダでは観光危機管理の専門家から、たくさんの学びを得ました

 

「フロリダでは、観光客が事故などで亡くなったとき、遺族が悲しみに向き合えるよう、観光危機対応専門のボランティアが延泊手配から各種手続き、遺体の搬送まで、その事案に係るすべての段取りを無償でサポートしていました。沖縄でも、ダイビングやシュノーケル中の事故で亡くなる旅行者がいますが、通常は警察で処理が行われ、マリン事業者や宿泊ホテルなど限られた人たちが関わるだけで、OCVBや地域の観光協会などに連絡が行くことはありません。そうした状況を変えて、いずれは沖縄でも観光客一人ひとりの危機的事案に寄り添い、沖縄が悲しい思い出の場所にならない取り組みを進めたいと思っています」

会社設立の直後、観光危機に直面

その思いを胸に翁長さんは、同年6月に「株式会社サンダーバード」を設立。沖縄に観光危機管理を広めようと意気込みました。しかし、沖縄ではその年の秋、首里城火災が発生。さらに翌年春からはコロナ禍に突入し、沖縄はまさに一種の「観光危機」に直面することとなりました。サンダーバードも立ち上げ後しばらくはあまり仕事がなく、経営的には苦しい時期が続いたといいます。しかし、翁長さんはへこたれませんでした。

「そもそも独立を決めたときも、『これでやっていけるかどうか』という不安より、『観光危機管理を沖縄に広めなきゃ』という思いの方が強かったです。今考えれば無謀ですよね(笑)。最初は収入も本当に少なかったです」


那覇市おもろまちのシェアオフィスを拠点に活動する翁長さん

おもろまちのシェアオフィスを拠点に活動する翁長さん

 

しかしその後、能登半島沖地震や沖縄本島北部の豪雨災害など、県内外でさまざまな災害が続く中、県内でも防災意識が高まり、自治体や企業などから翁長さんに「地域の防災訓練に協力してほしい」「避難所運営のノウハウを教えてほしい」などと声がかかるようになってきました。翁長さん自身、当初は「自治体や観光業者に向けた観光危機管理の普及」を目指していましたが、実際には「災害が起きたとき、観光客の近くにいるのは県民であることが多い」と気づき、「県民一人ひとりに観光危機管理の視点を持ってもらうことも重要なのでは」と実感。地域防災にも積極的に取り組むようになりました。

「地域住民のみなさんが私の訓練やセミナーを通して学びを深め、『面白かった』と晴れやかな顔で帰っていかれるのを見ると、『伝わった!』とやりがいを感じます。さらに『こういうことがわかった』とか、『次はこれをやりたい』と言ってもらえると、本当にやって良かった!と思います」

現在では企業や市町村だけでなく、地域の自治会や民泊を受け入れている家庭など、より小規模なコミュニティからも依頼を受け、地域防災の取り組みに力を注いでいます。


宜野座村からの依頼を受け、翁長さんが実施している「観光危機管理 図上訓練」
宜野座村からの依頼を受け、翁長さんが実施している「観光危機管理 図上訓練*」。プロ野球キャンプ受入れ時期など、観光客が大勢いる状況で災害が起こったことを想定し、行政や観光協会、観光関連事業者などがそれぞれの立場で対応を考えて協議し、連携を図る訓練を行います(*机上で状況を想定し、各自の役割と動きを確認する訓練)

地域防災から観光危機管理につなげる

活動の中で翁長さんが一貫して訴えているのが、防災の中に「観光」という視点を入れることの重要性です。

「沖縄にはいつも多くの観光客や外国人がいるのに、『防災』となると彼らの存在は見落とされがちです。災害が起きたとき、地元の避難所に観光客や外国人が来ることを想定していない地域が多くて、そうした場所では準備不足からトラブルも起きやすくなる。たとえば『この避難所には外国人は入れません』と地域の避難所で言ってしまったら、今どきはすぐにSNSで拡散され、沖縄の観光産業全体がダメージを受けかねません」

とはいえ、たとえば離島など住民の数や危機対応のリソースそのものが少ない地域では、「自分たちの生活を守るので精いっぱいなのに、遊びに来た観光客の面倒まで見なきゃいけないのか」という声が出るのも当然のこと。そんなとき翁長さんは、「観光客は単なるお客さんではなく、一緒に危機を乗り越える仲間になれる」と伝えています。

「そもそも旅行できる人は体力がある人も多く、観光客の中には医療関係者や防災に強い人、腕力の強い人もいるかもしれない。そうした方々は災害時、住民に力を貸してくれる存在に変わるんです。県民の皆さんには、そうした視点を持っていただくことがとても大事だと思っています」


観光客の多い牧志公設市場周辺の地域住民や店舗事業者からなる「牧志3丁目自治会」では、翁長さんと一緒に地域の防災マップを作成
観光客の多い牧志公設市場周辺の地域住民や店舗事業者からなる「牧志3丁目自治会」では、翁長さんと一緒に地域の防災マップを作りました。「どこをどう注意すれば観光客にも情報が伝わるか」という、前向きで優しい気持ちにあふれています

危機対応訓練は「作戦会議」

実は、翁長さんがこの発想に至った背景には、過去の苦い経験があります。とある防災訓練の現場で、「災害時は観光客を守ってほしい、地域で受け入れてほしい」と伝えたところ、参加した地元住民から「自分たちも被災しているのに、なぜ観光客をお客様扱いしないといけないのか。こうした訓練自体がナンセンスだ」と反発されたのです。翁長さんは「すごく傷つきましたが、『確かにそうだな』と思う部分もありました」と振り返ります。現在はその経験から、防災・危機対応訓練では翁長さんが一方的に講義を行うのではなく、その場に参加した全員で「こういうときはどうする?」と考える場を作ることを心がけているそうです。

「一定のフォーマットに当てはめて『はいどうぞ』ではなく、時間がかかっても丁寧にやりたいんです。だから訓練のシナリオは毎回同じではなく、地域ごとの特性を加味しながら、地元の人たちと一緒にオーダーメイドで作っています。以前、知り合いに『翁長さんがやっているのは勉強会じゃなくて、作戦会議だよ』と言われたことがありましたが、その言葉がとてもしっくりきましたね」

そんな翁長さんのモットーは「観光客の笑顔の向こうに県民の笑顔」。「県民にとって優しく安全な沖縄は、結果的に観光客にとっても安全で安心な観光地になる。その実現を目指しています」

ちなみに現在、サンダーバードは翁長さん一人で経営していますが、訓練を行う際は県内の防災士仲間が集まり、運営をサポートしています。これまでは「防災活動」というと、どうしてもボランティアベースで捉えられがちでしたが、防災の専門知識は貴重なノウハウ。「今後は防災士をはじめとした専門家にはきちんと対価を払って、さまざまな訓練を運営する仕組みづくりを進めたい」というのも、翁長さんの目標の一つです。


防災士で地区防災計画学会員でもある松村直子さん

防災士で地区防災計画学会員でもある松村直子さん(左)。「観光地においては、地区防災と観光防災は切っても切れない関係」と、観光危機管理の重要性を語ります

 

そして、さらに身近なサポーターといえるのが、翁長さんの一人娘・萌花(モカ)さんです。本業は英会話講師ですが、高校生の頃に防災士の資格を取っており、仕事が空いている日には訓練のサポートに入ってくれるそう。翁長さんにとっても、特に心強い存在となっています。

翁長さんがサンダーバードを立ち上げた当初から、その活動を一番近くで見てきた萌花さん
翁長さんがサンダーバードを立ち上げた当初から、その活動を一番近くで見てきた萌花さん(右)。「それぞれの地域には、その地域に合った観光危機管理の形がある。それを母と一緒に見ていくのが面白いなと思っています」

若者世代にも観光危機管理をレクチャー

2019年の会社設立から7年ほどが経った今、翁長さんの活動が地域から求められる機会は着実に増えています。2020年からは琉球大学で「観光地危機管理論」の集中講義も担当するようになり、若い世代に向けた観光危機管理の普及にも取り組み始めました。


琉球大学での集中講義では、学生とともに沖縄の観光危機管理の在り方を考えます

琉球大学での集中講義では、学生とともに沖縄の観光危機管理の在り方を考えます

 

「大学の授業では『観光ってまちづくりなんですね』という意見が出てきたりもして、(学びの)広がりは無限だと感じています。この場所から観光危機管理に興味を持つ学生が一人でも増えていったら、ゆくゆくはそれが沖縄の安全・安心な観光地づくりにつながっていくんだろうなと思っています」


以前から翁長さんと交流がある、琉球大学国際地域創造学部の越智正樹教授

サンダーバード立ち上げ以前から翁長さんと交流がある、琉球大学国際地域創造学部の越智正樹教授。「大学の人間は論理で考えますが、翁長さんは実践しながら考える。私たち研究者や学生がそこから教わることもたくさんあって、ありがたいなと思っています」

 

そんな翁長さん、今後の目標は二つあるといいます。一つは「観光客一人ひとりに寄り添うボランティア組織」の構築。もう一つは「観光危機管理の指導者認定制度の創設」です。

「沖縄にも防災の専門家は多いですが、観光危機管理の専門家となると、ほとんどいません。それぞれの観光関連の事業者の中に、知識を持った人材が一人でもいれば、組織の中で観光危機管理に対する取り組みが根付いていくと思うんです。指導者認定制度をつくって、その取り組みを沖縄全体に広げ、観光地としての安全・安心の水準を上げていきたいです」

観光客も県民も、ともに笑顔でいられるウェルビーイングな沖縄をつくること。その夢に向かって、翁長さんの「作戦会議」は今日も続きます。

観光危機管理ラボ 株式会社サンダーバード

住所 /
沖縄県那覇市おもろまち2-5-37 パルマ4-E
TEL /
090-3794-0320
E-Mail /
thunderyukabird@gmail.com
Webサイト /
https://www.tourismcrisismgtokinawa.com/

沖縄CLIP編集部

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