人生を彩る私設美術館《キャンプ タルガニー アーティスティックファーム》

人生を彩る私設美術館《キャンプ タルガニー アーティスティックファーム》

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歴史文化

放送日:2025.08.11 ~2025.08.15

初回投稿日:2025.08.22
 最終更新日:2025.08.26

最終更新日:2025.08.26

人生を彩る私設美術館《キャンプ タルガニー アーティスティックファーム》 クリップする

本島南部の糸満市、沖縄戦終焉の地、米須(こめす)の集落に、赤瓦の古民家と、広い庭園に現代アートが馴染む美しい私設美術館「キャンプ タルガニー アーティスティックファーム」(以下キャンプ タルガニー)があります。
 

風景の一部として現代アートが点在する広い庭

キャンプ タルガニー誕生のきっかけ

主(ヌーシー)である大田和人さんは、沖縄出身の両親のもと熊本県で生まれます。幼少期から絵に興味を持ち、小学1年生の時には熊本市長賞を受賞しました。

小学5年生の時に那覇へ移住。東京の大学を卒業後は沖縄に戻り、那覇市職員として「パレットくもじ」の立ち上げやパレット市民劇場、那覇市民ギャラリーなどに関わりながら、国内外の美術・芸術大学や文化庁関係者と交流し、数多くのアート作品に触れる機会を得ました。

長年にわたるコレクションが膨大となったこともあり、20年ほど前に私設美術館の建設を思い立ちました。

先祖代々の土地に古民家を移築

祖父から受け継いだ米須の土地に、大田さんは叔父が糸満ロータリーで25年間運営していたクリニックの2階部分を移築しました。

叔父は、早稲田大学から東京医科大学へ進み、関東大震災以前の明治の洋風建築に大きな影響を受けます。クリニック建設の際は、琉球の伝統とモダンな洋風デザインを融合させ、釘を一本も使わない伝統工法にこだわりました。

移築にあたり、大田さんは叔父のクリニックを建築した宮大工を数年かけて探し出し、なんとか忠実に再現することができました。
 

キャンプ タルガニー アーティスティックファームの大田和人さん

「好きなアートに囲まれて僕は白昼夢に酔いしれているんです」

見て触れて自由に楽しんでほしい

キャンプ タルガニーには現在、アメリカやドイツ、台湾、中国、ペルー、アルゼンチンなど世界各国のアーティストによる彫刻を中心とした現代アート作品が約150点所蔵されています。

開設時には、世田谷美術館館長を務めた酒井忠康さんと愛知県美術館館長の市川政憲さん(ともに、当時)にアドバイザーとして参加していただきました。

コレクションの基準について尋ねると、「作家の人間性を最も大切にしています。出会いはご縁が多いですね。実際に制作している作家と話をして、国籍や知名度に関係なく、作家の人格を重視して作品を選びます」と大田さん。

また、大田さんは、展示の間合いをとても大切にしています。新たに作品を迎え入れる際には「どこに合うかな」と、場所との調和を一番に考慮するそうです。魅力的な作品に出会っても、ふさわしい場所がなければ購入を諦めることもあります。

キャンプ タルガニーでは、先入観にとらわれず自由にアートを楽しんでほしいという思いから、作品にあえてキャプションを設けていません。希望すれば大田さんが案内してくれるので、作品に触れて、作家の世界観を体感してください。

平等に開かれた美術館を目指して

キャンプ タルガニーを運営するにあたって、大田さんは入場料を無料にしました(完全予約制)。

「美術鑑賞は読書と同じで、人の心を豊かにする手段です。図書館が有料だったら、これほど多くの人が利用するでしょうか。美術館も図書館と同じ位置づけであるべきだと思います。

欧米の美術館では無料の日や時間帯を設けるのが当たり前なのに、なぜ日本では有料が前提なのでしょう。お金がなければ心を豊かにできないなんて、おかしいじゃないですか。アートに触れる機会は、誰にでも平等であるべきです。

正直、建物の維持費はかかります。でも、ここだけは絶対に譲れない。私の信念なんです」と大田さんは話します。
 

母屋とギャラリースペースを繋ぐ通路にもアート作品が

母屋とギャラリースペースを繋ぐ通路にもアート作品が

白いギャラリースペース
白いギャラリースペースで毎朝ゆったりとコーヒーを飲むのが大田さんの日課

ギャラリースペース。
ギャラリースペース。「作家はどういう気持ちで作ったんだろうかとか考えながら、じっと見るのが面白い」と大田さん

高嶺剛監督の作品。キャンプ タルガニーは高嶺作品の舞台になったこともある
幼馴染でもある高嶺剛監督の作品。キャンプ タルガニーは高嶺作品の舞台になったこともあり、YMOの細野晴臣さんも訪れました。大田さん自身も俳優として映画に出演しています

母屋の和室にも書や焼き物などが展示されています。
母屋の和室にも書や焼き物などが展示されています。ここで自由にくつろぐのもOK

朝の涼しいうちに草刈り。
朝の涼しいうちに草刈り。「椰子の手入れ中に、4mの脚立から落ちて骨折したこともありますよ。でも私がやるしかないからね」と大田さん。メンテナンスは重労働です

戦跡の地に立つ血の色の壁に込められた思い

大田さんはギャラリースペースの壁を一面真っ赤に塗りました。

「摩文仁や米須といったこのあたりは、沖縄戦最後の激戦地、収集されなかった遺骨の骨片が今もたくさん埋まっています。愚かな戦争は2度とやってはいけないし、国籍は問わず、亡くなった人たちの無念の思いを忘れてはいけないという思いを込めて、赤い血の色にしました」と大田さん。

 

)展示室の壁の一つに塗った古代赤は戦争犠牲者の血の色であり、忘れてはならない沖縄戦の記憶を示しています
展示室の壁の一つに塗った古代赤は戦争犠牲者の血の色であり、忘れてはならない沖縄戦の記憶を示しています。劣化していたので、数年前、30名のボランティアの人たちが、3日間かけて塗り直してくれました


滋賀県の建築家で郷土史家の卯田明さんが8年かけて制作した木彫りの仏像千体
滋賀県の建築家で郷土史家の卯田明さんが8年かけて制作した木彫りの仏像千体を、沖縄に寄贈したいと考えていたところ、縁があってキャンプ タルガニーにやって来ました

木像には、寺を建設する際の建築廃材が使われています
木像には、寺を建設する際の建築廃材、ベイヒ、アカマツ、クスノキなどを使用しています

アートは平和の証

「キャンプ タルガニー アーティスティックファーム」という名前に込めた思いを聞いてみました。

「人間の人生はたかだか100年前後です。だから、その人生の間に地球上でキャンプをしているようなものでしょう。タルガニーは沖縄芝居に登場する道化の役名で、そのキャラクターが面白かったので、僕のニックネームにしたんです。糸満は農業が盛んな土地ですから、アートがたくさん育つように、という思いを込めました」

現在79歳の大田さんは、那覇の自宅とキャンプ タルガニーを往復する生活を続けています。週の半分はキャンプ タルガニーで過ごし、庭の手入れや来館者の案内を行っています。

朝はラジオ体操から始まり、お気に入りのキリマンジャロコーヒーを飲み、宿泊時の夕食は、ビールに豆腐と納豆が定番のメニューです。

読書を愛し、書棚には孔子、老子、荘子などの哲学書、フロイトの精神分析学など幅広い分野の本が並んでいます。この書棚からは、大田さんの深い教養と人間への洞察力をうかがい知ることができます。

「平和じゃないと、アートを楽しむどころではないからね」

戦争の記憶を忘れず、文化の力で平和をつなげていきたい。大田さんはキャンプ タルガニーで今日も静かに米須を見守っています。

キャンプ タルガニー アーティスティックファーム

住所 /
沖縄県糸満市米須304
TEL /
090-5380-0055
営業時間 /
電話での完全予約制
※展示室には人工的な照明はないので、見学は日没まで

沖縄CLIP編集部

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放送日:2025.08.11 ~ 2025.08.15

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