糸が紡ぐ世代と郷土愛 芭蕉布協働工房ぱちぱち
糸が紡ぐ世代と郷土愛 芭蕉布協働工房ぱちぱち
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歴史文化
放送日:2026.03.09 ~2026.03.13
初回投稿日:2026.03.17
最終更新日:2026.03.17
最終更新日:2026.03.17
目次
芭蕉布とは
芭蕉布は、バナナの仲間である糸芭蕉の繊維から作られる、沖縄の伝統工芸品です。中でも大宜味村喜如嘉は芭蕉布づくりが盛んな地域で、「喜如嘉の芭蕉布」は、国の重要無形文化財に指定されています。
芭蕉布は、畑で糸芭蕉を育てるところから始まり、繊維を取り出し、気の遠くなるような手間をかけて糸を績み、染め、織る。そうして幾つもの工程を経て、ようやく一反の布が生まれます。
琉球王国の時代には王族の衣として纏われ、中国への貢物としても珍重された、外交を支える最高級の品でした。
一方で、風を通し肌にまとわりつかないその涼やかさは、高温多湿の沖縄において、庶民の日常着としても長く愛されてきました。

美しい芭蕉布。糸芭蕉の偽茎から採取する繊維は、部位によって王族の衣装になったり、庶民の着物になったりします

苧引き (うーびき・繊維を抽出する作業)後の糸を乾燥させています

自身の工房を主宰しながら、芭蕉布協働工房ぱちぱちでは、研修生への指導、広報活動なども担当する副会長の大城あやさん
芭蕉布協働工房ぱちぱちとは
一本の糸に、季節や畑、土、人々の暮らし、そして世代を超えた営みが織り込まれる芭蕉布。
その技と精神を、いまの時代に合わせて次の世代へつないでいこうと生まれたのが、「芭蕉布協働工房ぱちぱち(以下、芭蕉布ぱちぱち)」です。
芭蕉布ぱちぱちで芭蕉布づくりを協働し、また、技術をゼロから学べる研修制度も設けています。
メンバーは、かつて芭蕉布の工房で修業を積み、独立して個人で制作を続けてきた職人たちと、これから芭蕉布を学びたいと集まった研修生たち。経験豊かなつくり手と、新たに学ぶ人たちが同じ場で技を共有する工房です。
設立は2024年8月。まだ歩みを始めたばかりの、小さく新しい取り組みです。
設立のきっかけは2022年。かつて芭蕉布を学んだ仲間たちが集まり、師匠への感謝を伝える展示会を開いたことでした。
それぞれが個人で活動を続ける中で、互いにゆっくり話す機会は多くありませんでした。しかし、この展示会をきっかけに再び顔を合わせ、言葉を交わす時間が生まれます。
その中で、芭蕉布を取り巻く現状、職人の高齢化、技術継承の難しさ、制作環境の課題など、抱えていた不安や悩み、そして未来への思いが少しずつ共有されていきました。
「皆さんとのおしゃべりの中で、ゆるやかな流れが生まれ、芭蕉布ぱちぱちは立ち上がりました。結成を皆で決めたその日が8月8日。また絣柄には『八十八』という文様もあります。みんなにとって馴染みのある響きだね、という話になって、『ぱちぱち』という名前になりました」
そう語るのは、副会長の大城あやさんです。

おしゃべりしながらも手は滑らかに動き、苧績み(うーうみ・取りためた繊維を裂き、一本の糸にする作業)をする、会長の津波洋子さん
芭蕉と出合って50年。津波洋子さんと芭蕉
芭蕉布ぱちぱちの会長を務めるのは、名護市出身の津波洋子さんです。
彼女が芭蕉布の世界に入ったのは、思いがけない出来事がきっかけでした。
中学を卒業後、神奈川県で就職しますが、20歳頃に沖縄へ戻ります。
そんなとき、偶然手に取った雑誌で芭蕉布の記事が目に留まります。
「友人たちと一緒に、記事に載っていた芭蕉布の工房を訪ねてみたんです。
『仕事をやってみたいんですけど』とお伝えしました。すると返ってきたのは、『じゃあ来週から来てみたら?』という言葉でした。そこから、私の芭蕉布人生が始まりました」
津波さんは、当時を振り返ります。
女性たちが芭蕉布を生み出した現場
「当時の工房には、近所のおばあたちが多く出入りしていました。
畑で芭蕉を育て、繊維を取り出し、糸を績む。年齢を重ねて重労働が難しくなっても、糸を績む仕事は続けることができます。
おばあたちは糸を作って工房へ持ってきます。工房はその糸を買い上げ、布を織る。そんな循環がありました。
おばあたちは工房に入ると、『ヘーサリ、ガンジュイー』と声をかけます。
『元気ね?』という意味の挨拶です。暮らしと芭蕉布が、ひとつにつながっていましたね」と、津波さんは続けます。
津波さんは工房で約8年間働いた後、伝統工芸指導所(当時)、大城志津子工房を経て独立します。その後、結婚し、子育てをしながら制作を続けました。
2000年から制作の現場に本格的に復帰し、2017年頃まで現役で作家活動を続けます。現在は、芭蕉布ぱちぱちと、自宅でできる範囲の作業を続けています。
「織物を一生の仕事に」強い思いで沖縄へ
副会長を務める大城あやさんは兵庫県神戸市の出身です。
大城さんは中学時代、日本を代表する染織家の作品に触れ、経糸と緯糸が織りなす布の美しさに魅せられました。
高校卒業後は、織りの基礎を学ぶため、沖縄県立芸術大学へ進学します。
そこで初めて出会ったのが芭蕉布でした。
「芭蕉布の授業は2週間だけだったのですが、そのときに『芭蕉布をやろう』と決めました。卒業後は芭蕉布の工房で3年間修業し、その後は沖縄県立芸術大学で非常勤助手として働きながら、さらに染織を学び直しました」
結婚をきっかけに、再び大宜味村へ戻った大城さん。
現在は、「芭蕉布工房うるく」を主宰し、制作を続けています。

ふわふわの美しい糸。この糸になるまでには長い工程をたどります
芭蕉布ができるまで
芭蕉布は織り仕事は全体の一割といわれ、畑から布の完成までには23の工程があります。
▪️苧(ウー・糸芭蕉とその繊維)畑
1:糸芭蕉の栽培
2:苧剥ぎ (うーはぎ)
3:苧炊き (うーだき)
4:水洗い
5:苧引き (うーびき)
6:乾燥
▪️糸を績む
7:チング巻き
8:苧績み (うーうみ)
9:緯管巻き (よこくだまき)
10:撚り掛け
11:整経
12:煮綛 (にーがし)
▪️色・絣
13:絣糸の組み合わせ
14:絣結び
15:染色
16:絣解き (かすりとき)
17:糸繰り (いとくり)
▪️糸から布へ
18:仮筬通し (かりおさどうし)
19:巻き取り
20:綜絖通し (そうこうどおし)
21:筬通し (おさどうし)
22:織り
23:反物の洗濯
こうした工程を経て、芭蕉布は生まれます。芭蕉の繊維は、輪層によって質が異なり、外側の繊維は粗く、帯などに用いられます。また内側の細かい繊維は、主に着物用の糸になりますが、着物用も、最も柔らかい糸は王族用、そうでない糸は庶民の着物になりました。
湿度が高いほうが糸を扱いやすいため、織りの理想は梅雨の時期です。しかし、糸がなければ布は織れません。芭蕉布の仕事の多くは、糸づくりをはじめとした一年を通して続く準備の工程なのです。
芭蕉はただ植えれば育つものではありません。葉、芯を切り落として繊維を均一に柔らかくする「芯止め」を年に数回行うことで、上質の繊維をとることができます

糸芭蕉とその繊維を苧 (うー) と呼び、これは苧剥ぎの工程。幹の切り口は20数枚の輪層になっており中央ほど柔らかい。1枚ずつ剥ぎながら、4種類に分けます

苧剥ぎした原皮(げんぴ)を束ねます。この後苧炊きへ

苧炊き作業。大鍋に木灰汁を沸騰させ、縄を底に敷いて、その上に束ねた原皮を重ねて煮ます。いろいろな部位を手で触って柔らかさを確認します。木灰汁の加減は長年の勘に頼る難しい仕事です

苧引き作業。エービと呼ばれる竹鋏で原皮をしごいて、不純物を取り除きます。「ここはとっても楽しい場所ですよ」と平良京子さん
嫁と姑の分業で作られていた昔の芭蕉布
かつて芭蕉布づくりは、現在のように一人の作家がすべての工程を担うものではありませんでした。多くの場合、農家の暮らしの中で、家族や地域の女性たちが役割を分担しながら行う仕事でした。
家庭の中では、とくに嫁と姑が中心となり、それぞれの役割を担っていました。若い嫁は主に畑仕事を担当します。芭蕉を育て、刈り取り、苧引きなど、体力を必要とする工程を担いました。一方、姑は家の中で糸づくりを行いました。
こうして姑が績んだ糸を使い、嫁が絣模様のための括りを行い、機にかけて織り上げることで芭蕉布が完成します。
また、地域の女性たちの仕事も、年齢によって担う工程が変わっていきました。若い頃は畑仕事や繊維取りなどの力仕事を担い、年齢を重ねるにつれて、糸づくりや括りなどの細やかな作業へと移っていきます。
年配の女性が家で糸を績むことは、農閑期の内職のような形で収入につながる場合もありました。
さらに芭蕉布は、販売のために織られるものもありましたが、同時に農家の暮らしの中で、自分たちの着物や野良着として使うためにも織られていました。
家族や地域の女性たちが、世代ごとに役割を分担しながら作り上げることは、かつての芭蕉布づくりの大きな特徴でした。

大城さんが織のようすを見せてくれました

絣模様のズレを合わせる作業中
週に一度の水曜日がぱちぱちの活動日
現在、芭蕉布ぱちぱちでは5人の研修生を受け入れています。
コースは、初級、中級、上級があり、織の経験者から未経験者までさまざまです。
特徴は、かつて芭蕉布づくりに従事していた人も学び直せることです。
年間を通して作業は異なりますが、取材に訪れたこの日は、朝9時に畑に集合し、糸芭蕉の原皮を収穫。
その後、苧剥ぎ、苧炊き、苧引きなどを行いました。

労働の合間に、世代や出身を超えたメンバーでのゆんたくは大切な時間
芭蕉布がつなぐものとは
大城さんはいいます。
「ずっと、芭蕉布の将来に不安があったんです。技術はきちんと残っていくのかな、と。私のような小さな工房にも、習いたいという問い合わせはあるのですが、一人では力不足で、十分に応えてあげることができませんでした。
だからこそ、ぱちぱちという場所ができたこと、そして先輩方の存在はとても心強いんです。私自身も、ここで日々学ばせてもらっています。本当にありがたいと思っています。先輩たちには、できるだけ長く一緒に活動してほしい。そして研修生には、これからの仲間になってほしいですね」
津波さんも続けます。
「この年になるとね、やっぱり芭蕉布が一番なんですよ。繊維が取れなくなっても、どこかの工程はできますよね。分業でつないでいけたらいいですね。
なんといっても若い人は未来ですから」
芭蕉布ぱちぱちは、技術を守る場所であると同時に、人が集い、語り合い、経験や記憶を次の世代へと手渡していく場でもあります。
芭蕉布の糸は、細い繊維を一本一本つないでつくられます。
その糸が重なり合い、やがて一枚の布になるように、芭蕉布ぱちぱちも、人と人の力を結びながら続いていくのでしょう。
芭蕉布協働工房ぱちぱち
沖縄CLIP編集部
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