琉球国最高の聖地「斎場御嶽」の今昔を想い歩く

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初回投稿日:2022.10.22
 最終更新日:2024.06.12

琉球国最高の聖地「斎場御嶽」の今昔を想い歩く

沖縄開闢(かいびゃく)の神「アマミキヨ」が創成した七御嶽(うたき)のひとつ、と伝承される琉球国最高の聖地「斎場御嶽(セーファウタキ)」。

アマミキヨに縁ある14聖地を巡拝する「東御廻り(あがりうまーい)」の聖地のひとつとして訪れる県民も少なくありません。

2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されて以降、国内外にも広く知られるようになり、多くの方が訪れるようになりました。

斎場御嶽

斎場御嶽の「セーファ」は「もっとも、最高の」という意で、琉球国最高神女の聞得大君(きこえおおきみ)の就任儀式「御新下り(おあらおり)」が行われていました。

御嶽内には「大庫理(ウフグーイ)」や「寄満(ユインチ)」といった首里城内にある場所や建物と同じ名を持つ拝所があり、琉球国王や聞得大君が国家安寧繁栄・五穀豊穣・航海安全等の祈り捧げてきました。

国家的な祭祀が行われた斎場御嶽は、首里王府直轄の御嶽として管理され、誰もが出入りできる訳ではありませんでした。
現在のように自由に立入ることが可能となったのは、1879年(明治12年)、琉球処分以降からのことでした。

階段の上はニライカナイへ繋がる「神の島」への遙拝所(ようはいじょ)

 

沖縄本島南東部・南城(なんじょう)市の知念(ちねん)半島に位置する斎場御嶽は、那覇空港から車で約1時間、駐車場から徒歩約10分で御嶽の入口「緑の館・セーファ」という道のりです。

入場して最初に現れた階段

入場して最初に現れた階段を上がると、木々の先に太平洋が広がり、平たく細長い島が浮かんでるのが見えます。

その島は「神の島」と呼ばれる久高島(くだかじま)。太陽が昇ってくる東の海に浮かぶ久高島は、神々の世界「ニライカナイ」へのお通し所として崇拝されています。

久高島への遙拝所

こちらは久高島への遙拝所。何百年も前からこの遙拝所で多くの方が祈りを捧げていたのでしょう。東の秋空に、小さなアーケージュ(トンボ)が何匹も舞っていました。

御門口から先へ進めたのは国王や聞得大君、限られた特別な人たちだけ

 

久高島遥拝所の左手は「御門口(ウジョウグチ)」です。

風通しの良い遥拝所から窺うと、御門口の先は樹木が鬱蒼と生い茂り、先は見えずとも雰囲気がまったく違うように感じられます。

それもそのはず。琉球国時代、これより先に進むことができたのは国王や聞得大君、神女たちだけ。特別な人だけが入ることを許されていたのです。

御門口の右手には、小さな石の香炉が並んでいます。

御門口の右手には、小さな石の香炉が並んでいます。

沖縄で香炉は「ウコール(御香炉)」とも呼ばれ、神様と繋がる神具として、とても大切にされています。

こちらの6つの香炉は、御嶽内にある6つの拝所の分身とされています。琉球国時代、これより先に進むことが叶わなかった人たちが、こちらから祈りを捧げていました。

沖縄で香炉は「ウコール(御香炉)」
 

聞得大君に霊威を与える「御名付け」が行われた「大庫理(ウフグーイ)」

 

石畳を進むと、少し湿り気を帯びた空気に変わりました。

姿の見えない鳥の声、たくましく育つ樹々の息吹、南の島の原始的な森が広がっています。

歩みを進めるに連れて、次第に御嶽らしい落ち着いた空気を感じるようになりました。

大庫理(ウフグーイ)への道

最初の拝所は「大庫理(ウフグーイ)」です。

大広間、一番座という意味を持ち、首里城正殿の二階にある行催事が行われた格式の高い部屋に由来しています。

大庫理(ウフグーイ)

聞得大君の即位儀礼「御新下り(おあらおり)」は、有力な神女をはじめ200人余りの供を従えて首里を出発。幾つかの儀礼を経ながら斎場御嶽を目指します。

御新下りのクライマックスとなるのが「御名付け(霊威付け)」です。聞得大君の御名付けは、ウフグーイで深夜に行われました。

大庫理(ウフグーイ)

御名付けを終えた瞬間、神女たちは総立ちし、聞得大君誕生を祝福するクェーナの大合唱が一斉に沸き起こります。

深夜の斎場御嶽の杜の中に、神女たちの歓びの歌声が響き渡りました。

諸外国との貿易で潤う琉球国を象徴する「寄満(ユインチ)」

 

大きな琉球石灰岩と緑に囲まれた石畳

大きな琉球石灰岩と緑に囲まれた順路に従って石畳を進むと、2つ目の拝所の「寄満(ユインチ)」に着きました。

寄満は、王府用語で「台所」を意味します。

寄満(ユインチ)

首里城の寄満では日々、国王と王の家族たちの食事の調理・準備が行われていました。当時の琉球国は貿易が盛んで、世界中からさまざまな幸が集まりました。

斎場御嶽のユインチは、実際に調理をしていた訳ではなかったそうですが、「豊穣の寄り満つる所」という感謝と予祝を込めて「寄満」と付けられたのでしょう。

自然界のめぐみ、斎場御嶽の霊水を湛える2つの壺

 

緑に囲まれた石畳

歩みを進めると、これまでの風景と一変、青空が見える開けた広場に到着しました。

「三角岩」と呼び親しまれる斎場御嶽のシンボル的な風景が広がっています。

「三角岩」と呼び親しまれる斎場御嶽のシンボル的な風景

3つ目と4つ目の拝所は、大きな岩から突き出ている2本の鍾乳石の元に安置されている2つの壺です。

「聖なる水」を壺で受けるようになっています。

朝露や夜露、天水などが集約されて、鍾乳石から滴り落ちる清らかな「聖なる水」を壺で受けるようになっています。

壺

これらの壺は往昔、黄金製だったと伝わっています。

手前の壺「アマダユルアシカヌビー」は首里城の王子のウビナディー(御水撫で)に、奥の壺「シキヨダユルアマガヌビー」は聞得大君のウビナディーに使われました。

ウビナディーとは霊水で額を3回撫でる呪法で、現在も行われています。

斎場御嶽の最深部の拝所で今昔を想う

 

いよいよ斎場御嶽の最深部へ参ります。

巨大な2つの岩がうまい具合に重なり合い、三角形の空間を作っています。

空間の突き当りが「三庫理」、右側が「チョウノハナ」と呼ばれる拝所です。

巨大な2つの岩がうまい具合に重なり合い、三角形の空間を作っています。

三角岩の間から奥へ向かう道程はわずかな距離ですが、とても厳かな空気が流れており、身が引き締まる思いがします。

三角岩が造るほの暗い小路を通り抜けると、斎場御嶽の最深部となる拝所です。

広さは10畳もあるかないか、という慎ましやかな広さで、東に久高島、南に三庫理、西にチョウノハナ、北が三角岩の小径となっています。

斎場御嶽の最深部となる拝所

1998年の調査で、三庫理から金製を含む勾玉9点、鳩目銭などが発掘されました。

格式が高いとされる拝所チョウノハナ

斎場御嶽でもっとも格式が高いとされる拝所チョウノハナ。

そこに並ぶ香炉は聞得大君と関係があるとされています。

聞得大君は、第2尚氏王統・尚真(しょうしん)王時代(1477~1526年)に神女組織が整備されて以降、国王を守護するオナリ神(姉妹神)として、王女や王妃らが就任しました。

1879年の琉球処分に至るまで、聞得大君は15代を数えました。

チョウノハナ

朝日の強い逆光でよく見えませんでしたが、チョウノハナの向かいには久高島が浮かんでいます。

東の海の彼方ニライカナイの神様が、久高島からチョウノハナの頂きへ渡り、かつてあったとされるクバの木を伝って香炉へ降りてくると信じられていたそうです。

本来はチョウノハナの向かいには久高島が見えます

東から眩しい朝の光が差し込むチョウノハナは、明るく清々しい印象を受けます。

ですが、むかしは東側にも大きな岩があり、久高島は見えなかったそう。

周囲を大きな岩に囲まれたチョウノハナは、いまとは異なる幽々たる空間で、そこへ天から一筋の光が降り注ぐ。

かつてはそのような神秘的な祈りの場だったのかもしれない、と想像しました。

斎場御嶽

いにしえから、多くの人々が祈りを捧げ続ける沖縄第一の聖地、斎場御嶽を訪れたとき、あなたは何を感じるでしょうか。

・三庫理入口より奥は立ち入り制限をしており、一般の参拝や見学の方は立入不可となります。また、公式サイトのTOPページにある「ご来訪前にお読みください」をご一読ください。

・「掲載許可:南城市教育委員会」

斎場御嶽

住所 /
沖縄県南城市知念字久手堅539(※駐車場は「がんじゅう駅・南城」になります。)
電話 /
098-949-1899(緑の館・セーファ)
開館時間 /
[3月~10月]9:00~18:00 [11月~2月]9:00~17:30 
休息日 /
毎年6日間(旧暦5月1日~3日、旧暦10月1日~3日)
Webサイト /
https://okinawa-nanjo.jp/sefa/
安積美加

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